タバコ

煙草を辞めて、気がつけば一年になる。気がつけば、というくらいにはわたしにとって煙草が日常のものではなくなった。それでも煙草のことはちいとも嫌いになれないし、昨今の集団ヒステリィじみた嫌煙ブームには辟易している。夫は煙草を吸うし、わたしたちが出逢ったとき、わたしもまた、煙草を吸っていた。

健康をそこなうだけで何一つよいことのない煙草を、でもわたしは好んでいた。その無益さがよかったのかもしれない、否、無益さがよかった、とゆうポーズを取っていたかった、それだけなのかもしれない。

たとえば魚喃キリコやまだないとの漫画に出てくる女たちみたいになりたかった。彼女らはいちように煙草を吸っていて、そのさまはとても粋で、かっこうよかった。でもいつからか、わたしがけっして彼女らのようにはなれないことを知ってしまった。それで、一気にすべてが阿呆らしくなった。たぶんもう煙草がわたしの人生に食いこんでくることはないだろう。たぶん。

 

湿った初夏の匂いを吸いこむと、最後のあの夏を思いだす。わたしがまだわたしだったころの記憶が、紫煙のようにすうっと立ち昇る。

時々、まだ諦めきれてないことを知りながら、でも心のすみのほうで、さようならを呟いているじぶんを見止める。そしてその時にはもう、最後のあの夏にゴミ箱に捨てた、マルボロの香りを手離している。